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書名:

新妻に捧げる詩 :シアトルライフ 4

著者: 若林 茂
 
 
は じ め に
 

ハネムーン:ストックホルムのアカデミー博物館で9/25/06
 
  「人生は出逢いと別れの連続」というのが、私の人生観の一つです。これを別の視点から眺めれば、「人生は別れがあるからこそ、新しい出逢いがある」とも言えます。  
  日本の諺(ことわざ)には、「捨てる神あれば、拾う神あり」というのもあります。私の発想は、まさにこれに近いものです。そして、郁子さんとの出逢いと結婚に至る道筋は、このパターンでした。
  私の初婚は1975年で、二男一女の子供にも恵まれ、幸せな家庭生活を営んでいました。特に1988年にアメリカのシアトルにあるワシントン大学に留学してからは、更に充実してきました。シアトル郊外レドモンド市に住宅を購入して、家族5人が閑静な住宅地で、時間的にも精神的にも余裕のあるアメリカン・ライフに満たされていました。
  ところがワイフが「エホバの証人」という聖書の教えを原点にする急進的なキリスト教原理主義の宗教団体に所属するようになってから、夫婦関係や親子関係がギクシャクしてきました。ワイフの強い要望で、講師を招いての英語のバイブル・スタディーも2年余り行いました。
  ところが、ワイフ以外の我々親子4人は、この宗教団体に入信出来ませんでした。宗教観の相違が先鋭化して、ワイフは日本で暮らすという別居生活になり、我々はアメリカで暮らすということになり、ついに離婚することになりました。
  宗教というのは、本来、人々が仲良く暮らすための基本的な道徳とか哲学というのが、私の宗教観です。ところが、現在の世界を眺めても、あるいは過去の歴史を振り返ってみても、宗教的対立が戦争を引き起こすことが多いのです。
  特にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界宗教は一神教ですから、他の宗教を排撃する傾向があります。一方、日本人は古来、多神教で、山川草木あらゆるものに神が宿るという考え方ですから、他の宗教にも比較的寛大です。ですから神仏一体というのが、日本の伝統文化にもなっています。 とりわけ私の実家は、弘法大師が開祖である真言宗でしたから、仏壇があり、その上神棚もありました。ですから、初詣でやお彼岸やお盆なども、宗教的行事というよりも、日本の伝統的な文化行事という意識で、ごく普通に行って来ました。こういう家庭環境でしたから、現在でも早朝に太陽が神々しく昇る時、富士山の威容に接した時、巨大な樹木に触れる時などは、大自然の偉大さに感嘆し、感謝を込めて、ごく自然に拍手(かしわで)を打ってしまいます。
 

中国広州・桂林旅行の漓江下りで1/8/07
 
   私自身はこのような宗教観を持っていましたから、一緒に暮らす女性は宗教や迷信を強制しない素朴な人が良いと思っていました。そういう時期に丁度、郁子さんが出現したのです。
  それは、郁子さんが勤務する日本の理化学研究所から、ワシントン大学に研修留学することになる2001年の前年でした。彼女の直接の窓口は、私の教え子で日本語も堪能なコリンズ助教授でした。その頃、彼女は留学生活の事前調査で3日間だけシアトルを訪れた時に、空港へ出迎えに行ったのがコリンズ助教授でしたが、1時間も遅れてやって来たそうです。
  その時、初めてアメリカの地を踏んだ郁子さんは、「英語もほとんど出来ず、不安でもう直ぐ日本に帰国したいくらいだった」そうです。そういう辛い体験があって、彼女の留学準備のお世話を直接、私にしてもらいたいと訴えられたのです。それを起点として、留学準備の指導を主にメール交換が頻繁になっていきました。
  そういうプロセスで、お互いが読書好きで旅行好きということも分かり、人生観を共有していることも確認できるようになりました。そのような価値観は、作家で言えば、池波正太郎、藤沢周平、山口瞳、須賀敦子、田辺聖子、曽野綾子などの作品群に数多く反映されていました。最近の作家で言えば、宇江佐真理さんの次の文章が、我々の人生観を代弁しています。
 

  一日仕事をして、お文と差し向かいで飯を喰い、湯屋に行き、お文を抱いて眠りに就く、何ということもない毎日である。おおかたの江戸の人々の暮らしでもある。これがつまり幸せなのだ。このささやかな幸せを阻むものがあるとすれば、よりうまいものを喰いたい、いい着物を着たい、辛い仕事をせずに楽をして暮らしたいという人間の欲のせいに思えてならない。
          宇江佐真理著『さんだらぼっち』<髪結い伊三次捕物余話4>

 
このような多欲を戒める<知足>という老子的な思考が、私の生きる基本的姿勢です。我々は知り合って7年、結婚して半年ですが、喧嘩することもめったにありません。半年は日本で、半年はアメリカと日本で別々ですが、仲睦まじく暮らしています。
  人間は幾つになっても、自分を必要としてくれる人が必要なのです。そういう意味でも、郁子さんは私を強く慕ってくれていますから、私自身も以前に比べて、より生きる張り合いがあるというものです。ですから、昨年の生活記録でもある本書を<新妻に捧げる詩>と命名して、郁子さんに捧げる次第です。
2007年3月21日 ワシントン州レドモンドの自宅にて   若林 茂
 
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