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| は じ め に |
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人と人との出逢いは、偶然のようでありながらも見えない糸で繋がれていたのかもしれません。そんな気持ちを私に抱かせるのが、今年92歳を迎えた是清毅長老との出逢いとこれまでの心温まる交流です。
出発点を思い起こせば、私がシアトルのワシントン大学に交換留学したのが1988年春でした。ダウンタウンにある日系大手スーパー・ウワジマヤに見学がてら出掛けた時、魚売り場の大きな水槽のカニに見とれていたら「なんでこんなに高くなったの!」という甲高い日本語が背後から聞こえてきました。
思わず振り返り、日本語で話し掛けてしまいました。小太りの中年女性と長身の初老の男性カップルで、お互い自己紹介しましたが、それがシアトルで初めて知り合った日本人の南御夫妻でした。当時、お二人はシアトル長老派・日本人教会に所属する熱心なクリスチャンでした。「アメリカを知るには、教会を知らなければ・・・」ということから日曜日の礼拝に車で迎えに来てくれ、私も幾度か参加してみました。
3人のお子さんがワシントン大学に丁度通っていた事もあり、南御夫妻の目を見張るほどの豪邸にもよく招かれました。また夏休みに私の家族が到着した事もあり、教会の人々を順次紹介して貰いました。最初にポール・渡邊さんと親しくなりましたが、この人は、パンナム航空を退職後日本人ガイドをしていました。そのポールさんが、兄弟のようなお付き合いをしているという是清御夫妻を紹介してくれました。
その後、私がレドモンドに自宅を購入し、間もなく是清御夫妻も我が家から10分程のベルビューに引っ越してきました。それ以後、交流が頻繁になりましたが、それを促進したのが是清長老と私の価値観やライフスタイルが近いという事でした。
長老は1912年(明治45)4月5日にシアトル郊外で、また奥様の操(みさお)さんは、1919年(大正7年)1月5日にユタ州オグデン郊外で生まれました。90歳以上の長命の人も近年多くなりましたが、それでも夫婦二人が心身共に元気で、一戸建てハウスに住み暮らしているという事は希な事です。これこそが本当の意味での長寿夫妻であり、結婚生活も65年を過ぎました。
お二人ともアメリカ生まれですが、子供の時に日本で学校教育を受けたいわゆる帰米二世です。国籍はアメリカ人ですが、精神や文化は日本人そのものであり、本来日本人が保持していた美しい伝統的精神を受け継いでいます。お二人共敬虔なシアトル日蓮仏教会のメンバーであり、毎日曜日の礼拝に参加していますし、長年書道師範として多くのお弟子さんを教えてきました。
是清長老は、既に亡くなった私の父親よりも3つ年上ですが、今でも車を運転して何処へでも身軽に出掛けます。90を過ぎた人とは到底思えない若々しさがあり、私と二人で毎年、チェリー採りや松茸狩りにも行きますが、周りは親子と見做しています。 |
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是清(これきよ )毅長老 5/7/03 |
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長老と私は外見的にも年齢的にも親子のようですが、当初は友達のような感覚で「コレキヨチャン」という雰囲気がありました。それはお互いの趣味や志向が似ていたからでした。アメリカでは、一戸建ての家を維持管理するのはなかなか大変ですが、そのメンテナンス・ワークやガーデン・ワークが長老は得意であり、プロ並みの手さばきでした。
私も幼い頃から、日曜大工や庭仕事の手伝いを課せられていたので、それらが苦になりませんでした。週末や夏休みにメンテナンス・ワークやガーデン・ワークに勤しみましたが、判らない点があるとよく長老に教わりに行ったものでした。
こちらでは木材も電動工具も日本に比べ格段に安価だったこともあり、テーブルやベッドから本立て炬燵までよく作ったものでした。まず設計図を描き、これを長老に見てもらいアドバイスを受け、それから制作に取り掛かるのですが、板の削り方からペンキの塗り方まで、色々と実用的な知識を授けてもらいました。
モノ造りの楽しさはそのプロセスにあり、二人で散歩しながらその構想を話し、それを修正したり膨らましたりして設計図を描き、それから制作にかかるのですが、完成すればそれが形ある成果になり、悦びと同時に心の充足にもなります。
そんな中でも、長老の知恵の深さを再確認した忘れ難い想い出があります。もう10年ほど前ですが、長老宅の玄関側の直径50センチくらいのパインの樹木をチェンソーで枝おろしするのを頼まれた時のことです。
ハシゴにのり、チェーンソーで枝おろしをしている最中にポールさんがやってきました。「そんなに斬ったら、もう葉が出なくなるぞ!」と長老と議論になりました。ポールさんは、北海道でのきこり体験もある人でしたから、どちらにしたら良いか私も迷ってしまいました。結局、この敷地は是清さんの所有地であるから、長老の要求通りに短めに斬りましたが、次の年どうなるか内心では心配していました。
ところが翌年、また再び新しい芽が出てきて瞬く間に大きな葉が広がってしまいました。この事実は、長老の体験から来る知恵の深さと確かさを証明したものでした。ですからそれからは、より一層長老のアドバイスに全幅の信頼を置くようになりました。 |
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クロスロード・パークでの是清毅・操夫妻9/14/04
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人と人とが交わる最初の道筋は、血縁、地縁、学校、職場と様々ありますが、最終的にはお互いの人間性が重要になってきます。その人間性の基本は、約束を守るか否かになります。そしてその約束の遂行が継続的に為されてこそ、信頼が醸成されます。小さな約束が守れない人が、大きな約束を守れる筈がありません。ですからあまりにも道徳的に立派すぎることを言い他者を叱咤激励する人には、眉毛に唾をつけて聞いた方がよいのです。
こういう視点から眺めるにつけ、是清長老は信頼を寄せるに足る人柄の持ち主なのです。大言壮語して自己主張する事は決してなく、自分を大きく見せようとする自己顕示欲もありませんし、自ら信じる日蓮宗を私に強制する事も全くありません。淡々と日々の生活を慎ましく、規則正しく送っています。
ですから二人で散歩している時も、マリナーズの試合分析から政治・経済、社会・文化、健康・食物、旅行・映画と実に話題豊富です。それは元々頭の芯がよくて、知的好奇心が旺盛な人なのですが、今もって雑誌・新聞にもよく目を通しています。また日本のNHKの放送が受信できる衛星放送のテレビジャパンもよく視聴しています。
そのNHKで放送された藤沢周平原作の連続時代劇「三屋清左衛門・残日録」や「蝉しぐれ」をビデオ録画して、私に回して下さりました。御夫妻は時代劇がそれ程好きでもないのにわざわざそうしてくれたのは、時代劇が大好きな私の為にほかなりません。マリナーズの熱心なファンであるお二人が、テレビ観戦を居間の大きな画面でなくて食堂の小さなテレビ画面で我慢しながら録画してくれていたのです。しかも居間のテーブルの上には、大きな張り紙までして忘れないように録画を続けてくれたのです。それを見つけた時も目頭が熱くなりました。今春からは、同じように平岩弓枝原作の「御宿かわせみ」を4ヶ月に渡り毎週録画収録してくれました。
これはほんの一例でしか過ぎません。長老は不言実行の思い遣りを私に身を持って示し続けてくれています。その長老の性格の核心は、<中庸>です。私も<中庸>を求めつつも、なかなか身につきません。本書は是清長老を見習い「中庸の精神」と命名してこれを長老に捧げる次第です。 |
| 2004年9月15日 レドモンドの自宅にて
若林 茂 |
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