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書名: 品格の人・星野精助翁<私の読書案内7>
著者: 若林 茂
 
 
<品格の人>星野精助翁の知力・体力・気力の
充実したご長寿を祝し、尊敬と敬慕の念を込めて
 
は じ め に
 
  群馬県を代表する経済人である星野精助翁は、今年の6月12日で93歳を迎えられました。しかも、ご長寿の上、誰もが驚嘆するほど、知力・体力・気力の三拍子が充実しています。
  私は、<心友>の松崎靖氏を通じて星野翁を紹介してもらい、星野翁の著作『起縁・随縁・結縁』や『人生とはその日、その日の名残りである』を幾度も読み返しました。
  日本にも、このような魅力的な経営者が存在しているのだ、と感嘆したものでした。その折に、星野翁を象徴する<品格の人>という名称を思いつき、まさに天の啓示を得た心境でした。
  そして、「星野精助翁の経営哲学」や「星野精助翁の人生哲学」という読書随筆も、同時に執筆させてもらいました。
  それが契機となり、群馬県の大間々とアメリカのシアトルとを結ぶ文通から交流が始まりました。間もなく、翁の実娘である千明朋代(ちぎら・ともよ)さんが、星野翁のお手紙をタイプしてメール送信してくださるようになり、太平洋を越えた交流がより頻繁に、しかもスムーズに行えるようになりました。
  星野翁と初めてお会いできたのは、2005年12月17日でした。東京・浅草から東武伊勢崎線の特急「りょうもう」に乗ると、2時間ほどで終点の赤城駅に到着します。その改札口には、星野翁と松崎氏が直立不動の姿勢で出迎えてくださっていたのです。
  駅の直ぐ側に星野物産鰍フ本社ビルがあり、その応接室で名刺交換をして、星野翁の生い立ちから会社経営の変遷や人生体験などのエピソードを伺いました。
  それ以来、私が日本に一時帰国する際には、大間々や東京で幾度となく星野翁とお会いするようになりました。そのたびに、政治や経済に関しての質問を承りますので、それに答えるために、私自身もまた新たな勉強を強いられます。
  <品格の人>である星野翁の経営哲学や人生哲学の一端は、本文に記していますので、ここでは、2年前のエピソードから、人間的魅力としての<男の華>について述べさせてもらいます。
群馬・前橋を代表する料亭「梅本」で、昼の会席料理をご馳走になりました。その時の翁の言動が、強く印象に残っています。料理を運んできた60代の女性との会話を再現しますと・・・
  盃にお酒を注いでくれるこの女性に「まー、お姉さんも一献」とお酒を勧めました。「お酒の方は不調法で・・・」と女性が答えると、すかさず、「男の方はどうだい?」と言葉を続けます。
「そちらの方は、多少経験しています」と答えるやいなや、星野翁は「60代、女盛りだねー」と言い放ったのです。
  思わず、私は同席の松崎氏と顔を見合わせてしまいましたが、90代の星野翁が発したこの言葉は、実に粋で<男の華>を感じさせるものでした。
  キメ細かい心配りができて、しかも粋な会話ができるからこそ、星野翁は何処に行っても、さぞかし女性にもてるのだろうと思い至った次第です。
  私の亡き父親は、星野翁と同じ歳であり、会社経営者として盛時には、500人余りの社員を抱えていました。その父が、私に言い聞かせてくれたのが、「一流料亭やホテルでも、また赤提灯でも飲めるような男でなければいけない」というものでした。
  そして、星野翁も93年にわたる閲歴の中で、一流料亭から赤提灯まで、その場と時と人に応じて、融通無碍(ゆうずうむげ)に対応し、振る舞って来たに違いないと思われます。
  93歳を迎えられた現在も、<男の華>の光彩を放つ<品格の人>星野精助翁に、謹んで本書を捧げる次第です。 
 
 
群馬・大間々の星野物産の玄関で左から千明朋代さん、
井上新甫氏、星野精助翁、筆者、松崎靖氏 12/17/05
  群馬県みどり市のレストラン「庄屋久平」にて、
左から星野精助翁、筆者、松崎靖氏 2/2/06
     
 
群馬・前 橋の料亭「梅本」にて、
星野精助翁(左)と筆者11/21/06
  東京駅・新丸ビル5階の「手打ち蕎麦・石月」にて、
左から千明朋代さん、星野精助翁、筆者 12/18/07
2008年8月30日   若林 茂
 
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