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書名: 太平洋の架橋 <私の読書案内5>
著者: 若林 茂
 
 
<太平洋の架橋>である<心友>に感謝を込めて
 
は じ め に
 
  群馬県・大間々(おおまま)在住の松ア靖さんから初めてメールを頂いたのは、2002年9月26日でした。群馬県在住の小学校教諭内堀一夫先生から、私のことを紹介された旨が記されており、『虹の架橋85号』が添付されていました。
  そのお礼の返信メールをしたのが、私の最初の松アさんへの送信メールでした。それから現在まで、4年近くになりますが我々のメール交換は、お互いに550通近くになりました。
  その縁結びは、内堀先生ということになりますが、その内堀先生を紹介してくださったのが、福岡県在住の詩人中村和美さんでした。和美さんが、交流のある内堀先生に「私の読書案内」のコピーを回覧してくださったのが発端のようで、内堀先生からもお手紙を頂くようになったのです。
  内堀先生は「出会いは心の花を咲かせる」というモットーを自らの人生でも垂範率先している方で、私は密かに<人間接着剤>と呼んでいました。
  それは内堀先生が、私の<盟友>になっている著作家のハイブロー武蔵氏とも懇意でしたし、松アさんに続いて後輩教師である新井国彦氏からもメールを頂くようになったからでした。
  私にとってのメール交流は、心のキャッチボールであり、魂の表白でもありますから、松アさんは今や私にとって<心友>であり、新井さんは<読友>であります。まさに、書物や人生を語り合うに欠かせない友達になりました。
  このような友情の成立経緯から、その源である<人間接着剤>の内堀先生といつも<笑顔同封>の心優しいお手紙をくださる中村和美さんには、今もって感謝しています。
 

足利屋での松崎靖さん(左)と筆者12/16/05
 
  さて、本書の書名である『太平洋の架橋<私の読書案内5>』ですが、松アさんが群馬県大間々で発行しているコミュニティー広報紙『虹の架橋』にヒントを得ました。
  『虹の架橋』は、平成7年9月の創刊から毎月欠かさずに発刊し続けて、この平成18年9月号で133号を数えます。洋品店足利屋の経営者である松アさんが、一人で取材し、執筆し、編集して、発行してきたのですが、これは並々ならぬ奮闘努力の成果であり、その蓄積でもあります。
  松アさんが尊敬している人物にイエローハット創業者である鍵山秀三郎さんがおります。<掃除の神様>といわれるこの方がよく語る「十年偉大なり、二十年畏るべし、三十年歴史になる」という言葉があります。
  これをそのまま当てはめれば、松アさんの『虹の架橋』は、既に「十年偉大なり」であります。この広報紙が多くの人々の支持を得て、続いているのは文化・芸術の薫りがすると共に読者の琴線を刺激する内容からなのだと思われます。
  私がまず目を通すのは、「小耳にはさんだいい話」であり、続いて「靖っちゃん日記」ですが、ときとして感動!感動!の涙の嵐になることがあります。
  最新135号の<夜回り先生>こと水谷修氏の講演内容と著作『夜回り先生の子育て論』の引用文は、まさにそうでした。私は久しぶりの満塁本塁打、と感想を送信したばかりでした。
 

松崎さんの仮装行列「夏のソナタ」2006年
 
  「子供は、花の種と一緒です。いい人と出会い、いい本と出会い、いい授業などといった栄養分をゆっくり、ゆっくり与えてあげれば、子供たち自らがそれを伸ばし、花を咲かせます。それを助けるのが教育なのです」
  この引用は、子供のみならず大人にも当てはまります。いい人といい本との出会いが、人間を豊かにしてくれるものです。
  『虹の架橋』は、私にとっては<太平洋の架橋>にもなりました。その意味するところは、本書の第1章に記しましたので、ここではより具体的な個人体験を述べさせていただきます。
  松アさんとのメール交流が進展する中で、愛読書は何かという問い掛けに答えて、実際に数冊を郵送してくださったことがありました。その中に金平敬之助著『今日何かあった?ことばのご馳走D』がありました。朱線や書き込みのあるまさに、松アさんの愛読書でしたが、その著者が最初の素晴らしい人物でした。
  金平氏は住友生命の常務を経て、スミセイリースの社長・会長を歴任した人ですが、人間味のある随筆家でもありました。その短い名文を私は<剪定の美学>と命名して、幾たびか書評に書かせて頂きました。
  それが御縁で交流が始まりました。私の一時帰国の折には、大学の講義も聴講させてもらい、三度昼食を挟み3時間余り二人だけで、じっくりお話を伺わせて頂きました。この大兄は、江戸しぐさを身に付けた接客名人でもあることも感得しました。
  松アさんが演出してくれた二番目の素敵な人物と書物との出会いは、陽明学者の井上新甫氏の名著『王陽明と儒教』でした。井上氏は群馬県の「上毛新聞」の論説委員長を務めていたジャーナリストで、儒学のみならず日本の古典にも造詣の深い方です。
  中曽根元総理らと親交のある方で、昨今は武部幹事長直々の要請で、代議士を対象とする「自民党夢道場」の初回の講師を務めています。井上氏とも一時帰国の折に、三回盃を酌み交わす機会を得ましたが、日本の政治から陽明学や日本書紀に至るまで、多くの学識に触れさせて貰いました。
  松アさんが縁結びをしてくれた三番目の素敵な人物と書物は、星野精助著『起縁・随縁・結縁』でした。星野翁は群馬県を代表する経済人ですが、90歳を過ぎて今なお現役です。
  80年間の生涯を跡付けたその書物の神髄は、「利益は目的でなく手段である」という眼目にあり、私の学問的帰結でもあるこの思索に双手を挙げて賛同致しました。
  星野翁との交誼は、手紙の交流から始まり現在では娘さんの千明(ちぎら)朋代さんのメール代筆に変わり、よりスピーディーになっています。
  星野翁の戸籍年齢は、私の亡くなった父親と同じですが、見事なまでに壮健です。外見は背筋が伸び、足腰もしっかりしていますので、70代にしか見受けられません。まして内面は、知力も気力も充実しており、しかも<人間の品格>があります。
  星野翁とは昨年の一時帰国の折に、幸運にも4回も会食を共にする機会を得ましたが、どの時も選び抜かれた料亭やレストランを準備してくださり、忘れ難い想い出になっています。
  このように金平敬之助氏、井上新甫氏、そして星野翁と松アさん御本人がちょっと仰ぎ見るような先達を、私に紹介してくださったのです。この三人の方々は、私自身が将来理想とする生き方をなさっていますので、私には誠に嬉しく有難いことでした。
  これが私にとっての<太平洋の架橋>にもなりましたゆえに、松アさんに深謝している次第です。
2006年9月3日   若林 茂
 
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